「んっ…」
ルルーシュは鳥の声で眼を覚ました。
いつの間に眠ったんだろうか、布団がしっかりとかけられていた。
スザクがかけてくれたんだろう
直ぐ横に、微かに誰かの温もりが残っているような気がする。
「アイツ…また俺のベッドで寝たな」
時々スザクは自分のベッドに潜り込んでくることがあった。
だから、今日もまた勝手に横で寝たんだろう
「今日は軍か…」
ルルーシュは身体を起こすと、まだ覚醒しきっていない眼を擦った
「…?」
何かがおかしい
いつも目の前にかかっている筈の霧が今日はやけに晴れている
それどころか、時間が立つにつれて霧が完全に晴れていく
「だっ誰か!!」
気が付けば、ナースコールを押していた。
ルルーシュがナースコールを鳴らすと数分も経たないうちに扉が開かれた。
「ルルーシュ!!」
「殿下!」
現れたのは、ナースとは余りに呼べない二人
シュナイゼルとロイドだ
「良かった…目が覚めたんだね」
シュナイゼルは入ってくると直ぐにルルーシュを抱きしめる
「だ・か・ら~僕が失敗する筈無いって、言ってたじゃないですかぁ」
兄の腕の中に居るルルーシュを無視して話を進めていく二人
しかし、ルルーシュはそんな事を気にしている場合ではなかった。
「兄上!俺の目が!視力が戻ってるんです!あと他にも!調子が悪かった所が良くなって!」
ルルーシュを離すとシュナイゼルも嬉しそうに頷く
「あぁ、もう多分心配はいらないよ」
「退院も出来ますよ~点滴生活ともおさらば~」
こんな嬉しい事は他には無いだろう
早く教えてやりたい
早く自分の目でアイツの顔を見たい
きっとアイツは自分の事のように喜んでくれるだろう
馬鹿だからな
『スザクはまだ帰ってこないんですか?』
早くこの事を伝えたい
そう思って何気無く言った言葉に病室内の温度が、一気に下がった様な気がした。
『スザクはまだ帰ってこないんですか?』
そのセリフに先程まで煩いくらいに喜んでいた二人の表情が変わった
何故だろう
首を傾げるルルーシュにシュナイゼル達は無言で
「兄上?」
不思議そうにシュナイゼルを見つめてくるルルーシュの視線に耐えられなかったのか彼は目を反らすとロイドに『あれを』と合図した
*********
あの後直ぐ、ロイドは部屋を出ると一台の家庭用のビデオカメラを持って来た。
ルルーシュにそれを渡すとまた二人は黙ってしまった
「おいロイドまた仕事をしながらチョコでも食べてたのか?」
渡されたカメラはチョコでも塗った様に所々茶色い何かが付着していた。
どうやら、テープは入ったままのようだ
これを見ろと言うのだろうか
黙ったままの二人を一度横目で見るとルルーシュはカメラの再生ボタンを押した。
画面に映し出されたのは、懐かしい学園の風景
『『ルルーシュ!!』』
病室に懐かしいクラスメイトたちの声が響き渡る
何なんだこのビデオは
ルルーシュは目をパチパチと瞬かせる
『ルルーシュ元気か?急に転校とかお前水臭いぞ!』
ビシッと画面に向かって人差し指を指す、かつての悪友リヴァル
『そうだよ!驚いたんだから!』
今にも涙がこぼれそうなシャーリー
クラスの皆が画面の中にいた
『えーとスザクの提案で皆で、ルルーシュにビデオレターを送ることにしました!!つーことで全員一言ずつメッセージ入れていくから!心に焼きつけるように!』
何故か提案者のスザクではなくリヴァルが司会を始めた。
次から次へと順にクラスメイトが一人ずつ画面の前に立ち話していく
『ルル…新しい学校にはもう馴れた?ルルって自分から話しとかしないじゃない?だから友達とか出来るか本当に心配…寂しくなったら、いつでも戻って来てね』
『ルルーシュ!いつでも俺のサイドカー開けておくから、戻ってこいよ!あそこはお前の特等席だからな!長期休みくらいは帰って来なさい!』
終わりの方になって、生徒会メンバーのリヴァルとシャーリーが話す
どうやらカレンは休みのようだった
『『ほらっスザク(君)!!』』
『お前も何か言えよ!言い出しっぺだろ?』
『え…でも…』
生徒会メンバーの二人に背中をグイグイと押され、今一番逢いたい人物が画面に姿を現した。
スザクだ
『えーっと、何かこれ照れるね…///』
恥ずかしいのか頭をかいている、『んー』と何を言おうか考えているみたいだ
少しすると、顔をあげ真っ直ぐカメラを見た。
『ルルーシュ、と、とりあえず…元気?』
いつも一緒にいるなんて、言えるわけもなく手をヒラヒラとふるスザク
『君は頭が良いから、勉強面では心配ないけど…何でも一人で出来てしまう君は人に頼ったりするのが下手だから心配です…何でも一人で抱え込まないで!君は独りじゃないでしょ?僕らは皆君の事が大好きなんだからさ!』
『『そうだよ!』』
『『全くだ、水臭いぞ!』
スザクの言葉に皆が頷く
先程まで綺麗に晴れていた視界が、再び曇り始めた
あぁ
そうだった
いつだって
俺は独りじゃなかった
俺の隣には必ずコイツらが
皆がいたじゃないか
俺は独りじゃないじゃないか…
ありがとう皆
教えてくれてありがとう
スザク
ルルーシュの頬を暖かい涙が流れた
『ルルちゃん~』
『お兄様』
次に画面が切り替わり今度はナナリーとミレイが映った
『ルルーシュ、ちゃんと勉強してる?そっちの学校の生徒会長は私より美人?それとも美形かしら?まぁ私より優秀な会長様はいないでしょうけど』
『おほほ』とミレイは得意気に高笑いする
そんなミレイを見て、ルルーシュは『変わってないな』と苦笑する
『ルルーシュは顔だけは良いから、ほっといても下心ある女子が寄ってきて…あっ男子もか♪だから友達には困らないと思うけど、たまには帰って来なさいよ!?ナナリーが寂しがるじゃない!ねぇ?』
そのままミレイが隣には居るナナリーへと話を振ると
ナナリーは小さく頷く
『お兄様!お元気ですか?私は皆さんが良くして下さるので心配いりません!ナナリーは元気にしています』
そう言うとナナリーは微笑んだ
多分、今彼女に出来る精一杯の笑顔で
『時々夢を見ます。お兄様の…スザクさんや皆さんに囲まれて…笑っていらっしゃるお兄様の…今すぐ逢いたいとは言いません!我が儘も言いません!だから!だから!たまには…電話くらいは下さい!』
こんな必死に何かにすがろうとする妹を見たのは何年振りだろう
泣きたい筈なのに必死にその気持ちを圧し殺しているのが伝わってくる
ごめんなナナリー
お前の兄様は
本当に弱虫で駄目な兄だ
ザーザー
ナナリーが喋り終わってから、直ぐに酷いノイズだらけの画面に切り替わった
「兄上、ロイド見せたかったのはこれですか?」
ビデオレターはこれで、終わりかとルルーシュはカメラの電源を切ろうとした。
しかし
「まだだよ!」
シュナイゼルがルルーシュの指を止めた
「え?」
その言葉に軽く首を傾げる
「…シュ…ルルーシュ」
何処からか自分の名前を呼ぶ声が聞こえる
この声は間違いなくスザクの声だ
しかし、その声は少し掠れていて聞き取りにくい
すると、今までノイズだらけだった画面が急にクリアになった。
ルルーシュは画面に視線を戻した。
「!!」
ルルーシュは画面を見た瞬間、目を見開き固まった
画面の中に映ったのは一面の紅・赤・緋
「スザク!!」
その中心にスザクはいた
ボロボロの制服、破けたブレザーの間から見える純白のワイシャツは血塗れで元の色が分からないほどに真っ赤に染まっている
ベッドに横たわり、上半身だけを起こした状態で
「あっ兄上!!こっこれは!?どう言うっ」
ルルーシュはあまりの光景に状況が呑み込めず混乱する
『ル…ルーシュ』
すると画面の中のスザクが名前を呼ぶ
「スザク!!おっ俺はここだ!」
カメラをガシッと両手で掴み顔を近づけて返事を返す
『ルルーシュ…ご…めんっ』
「なっ何が!?何で謝るんだ!?」
スザクの謝罪の意味がわからず、ルルーシュは画面に向かって喋りかける
目に映るスザクは、見るからに重傷で喋るのも辛そうだ
『ち…ょっと…ヘマしちゃってさ…へへ…へ』
しかし、スザクは表情を歪めることなく笑までした
「ヘ…マ?ヘマって何だ!?どんなヘマしたらそんな怪我するんだ!!」
ルルーシュはカメラに向かって叫ぶ
『んで…僕もう…駄目そうなんだ…』
「!!」
『だから…僕…ルルーシュに……僕のっ』
苦痛が邪魔して上手く言葉をつむげないのか、何度も言葉を区切りながらゆっくりと喋る
『僕の身体あ…げる……君は怒るかも…知れないけど…僕は君に…生きて欲しい!!』
息が出来ない
スザクは何を言ってるんだ?
『勝手に…決め…て…ごめん…』
悪い冗談は止してくれ
嫌だっ!
『ルルーシュ…―――ー』
スザクは微笑んだ
とても幸せそうに
そしてゆっくりと瞼を閉じた
本当に最後だったのか、画面がブッツリと真っ暗になった。
映像が終わってもルルーシュは画面を見つめたままだった。
「3日前、彼は学校から此処へ向かう途中に車に弾かれそうになった少女を助けようとして…直ぐに此処へ運んだんだが出血が酷くて…もう…手がつけられなかったんだ…」
「…そして、彼は自ら身体を殿下に提供すると言ってきたんです」
シュナイゼルとロイドはルルーシュに真実を告げ始めた。
「3日前?嘘だ…だって昨日スザクと」
「いや…君には悪いと思ったが、君が眠っている間に手術をさせた」
「殿下に言えば…きっと反対なさいますから」
「!!」
二人の目は真剣だった
とても嘘を言っているようには思えない程
スザクが死んだ――
自分はまだ眠って夢でも見ているんだろうか
スザクは軍に行くと言って俺に内緒でこんなビデオを作るために学校へ行ったのか?
嬉しい筈なのに嬉しくない
スザクがいないから
夢なら覚めてほしい
夢でもこんな夢はごめんだ
でもこれは
覚めることのない
残酷な現実
「何で!何故そんな勝手なことをしたんですか!?」
ルルーシュは声を荒げ、側に居たシュナイゼルの襟元に掴みかかった。
「しかも俺が寝ている間にっ!俺はこんなこと望んでなんかっ…ほっといてくれれば、直ぐにスザクに逢えっ」
「彼はそんなこと望んでいない!」
ルルーシュの言葉を遮りシュナイゼルが話す
真っ直ぐにルルーシュの瞳を見つめて
「スザク君は君に生きていて欲しかったんだ…彼は君を生かしたかったんだ」
「だからってこんなの…」
「もう自分は駄目だが、君の為になって死ねるなら本望だと幸せだとまで言っていたよ」
「……っ」
言葉が出なかった
自分が先に逝くものとばかり思っていたルルーシュには
イレギュラーに弱いルルーシュには厳しい現実だった
「スザク…何で…」
ポロポロと瞳か溢れる涙を拭う事も出来ない
「ルルーシュ…どうか生きて欲しいスザク君の為に、私達も君に生きて欲しいんだ」
シュナイゼルは、弟を抱きしめると優しく背中を擦った。
泣いても良いんだと言うように
室内にルルーシュの嗚咽だけが響く
暫くすると肩を震わせて泣いていたルルーシュの震えが落ち着いてくる
「ルルーシュ?」
シュナイゼルは心配そうに腕の中のルルーシュを覗きこんだ
「…してください…暫く一人にしてください」
涙を拭いながらルルーシュは小さく呟く
「しかしっ」
今彼を一人にした何をするかわからない
「大丈夫…大丈夫ですからお願いします」
しかし、兄である自分にまで頭を下げる彼を見てシュナイゼルはロイドと共に部屋を出た。
二人が出ていった室内はシーンと静まり返り、まるで誰も部屋の中にはいない様だった
部屋にいるルルーシュ本人でさえ本当に自分はここにいるのか分からなくなるくらいに
しかし、そんな静寂を破ったのは
『ガシャーン!!』
床に落とされた花瓶の音だった
ルルーシュは部屋中の目につく物全てを床へ投げつけ暴れた
椅子
本
鏡…
そして
「こんなものっ!!」
『バンッ!!』
ビデオカメラまで
「う…っぅ…」
投げるもの無くなったルルーシュは力無く床へ座り込んだ
そして、力一杯拳を床へ叩きつけた
「何で!何でっっ!」
手が痛むのを気にせずに何度も何度も
「ぅっ…スザクっ…何処までお前は馬鹿なんだっっ」
降り下ろした拳にポタポタと涙が溢れる
「俺が生きてもお前が居なきゃ…うぅ…こんなの少しも嬉しくない…」
虚ろな瞳で床に転がったカメラを見る
「スザク…」
手を伸ばしカメラを拾う
投げ捨てた為かレンズが割れていた
「俺を独りにしないでくれよ…っ」
ルルーシュカメラを抱きしめ震えながら泣き続けた
何でお前が先に逝くんだ?
俺が先だった筈だろ?
何で俺がお前の死で泣かねばならないんだ?
本当ならお前が…
何で
何で…
「スザク…悪いがお前の願いを俺は叶えてやれない…」
ルルーシュは立ち上がるとベッドの横にある窓の前へと移動した
「文句なら、そっちで聞いてやる」
冷めた笑みを浮かべながら思いっきり窓を開けた
外から冷たい風が流れ込んでくる
ルルーシュは右足を窓枠へかけると顔だけを病室の方へ戻した。
「すみません…兄上、ロイドやはり私にはアイツのいない世界で生きるなんて無理です…ごめんナナリー…お前は幸せになるんだ…俺の分まで…」
ルルーシュは此処には居ない大切な者達へ別れを告げた
そして再び視線を窓の外へと戻そうとした時だった。
「!!」
ふ、と見覚えのある眼と目が合った
床に投げつけられて無惨割れた鏡
その破片に映った自分の顔
しかし見馴れた筈の顔には違うモノがあった
それは
瞳
見馴れた紫ではないソレは深い翡翠の色をしていた。
翡翠の瞳から水が湧き出ている
それはまるで
スザクが泣いている
「…っ」
ルルーシュは途端にその場に崩れ落ちた
「何で…何でお前が泣くんだよ…」
床の破片に映る自分の顔を見ながら、ルルーシュは唇を噛んだ
自分だって悲しいのに辛いのに
でもスザクに泣かれるのはもっと嫌で
本当にどうしたら良いかわからなくて
涙を止めようとするけど、止まるどころか次々溢れ出てく
「ごめん…スザク…ごめん!ごめん!ごめん!ごめん!」
ルルーシュは謝り続けた
自分がスザクを殺した
でも…
スザクは生きている
自分の一部になって
スザクは生きてる
自分はまた彼を殺そうとしてしまった
自分の我儘で
ルルーシュは一人謝り泣き続けた
自分の声が枯れるまで
*********
数ヶ月後
「では行って参ります!兄上・ロイド・ナナリー」
「気を付けてくださいね」
「行ってらっしゃ~い」
「余り遅くならない様に」
ルルーシュは三人に手を振り大きな屋敷を出た
あの後、暫くしてルルーシュは普通の生活に戻ることが出来、今はシュナイゼルの保護のもとリハビリをしならが元気に暮らしている
勿論ナナリーも一緒だ
学校にも戻り、また仲間と楽しい毎日をおくっている。
今日は休日、ルルーシュは一人出掛けた
そ
んな兄の後ろ姿を見送りながら
「綺麗に咲いているといいですね」
ナナリーは笑顔で両隣にいる二人へ語りかけた
*********
空は雲一つ無いくらいに晴れていた
その為かルルーシュの足取りも無意識に弾んでいる
紙袋を手に目的の場所を目指す
暫く歩くと次第に擦れ違う人も少なくなっていく
どれくらい歩いたろうか、ルルーシュはやっと目的の場所へと辿り着いた。
そこはあの忘れられた公園
「!!わっ凄いなこれは」
ルルーシュは公園に足を踏み入れ驚いた。
そこには満開に咲くあの大きな桜の木があった。
ルルーシュは木の根本まで歩くと、持っていた紙袋から小さなブルーシートを出しその上に座った。
そして、持参した弁当を出す
取り出された弁当箱は二つ
「思った以上だな、スザク」
ルルーシュは一つの弁当箱の蓋を開けると箸と一緒に自分の隣へ置いた。
「ほらスザク」
これはスザクの分
もう片方は勿論自分の
ルルーシュは瞳から薄っぺらいシートを剥がす
カラーコンタクトだ
あれからルルーシュは普段コンタクトをはめて生活していた
別に視力は悪くはないが変わってしまった瞳の色を隠すために、外へ出るときや学校では常にコンタクトを着けることにしている。
でも今日は
「ほらスザクやっぱり桜は綺麗だな」
スザクと共に桜を見上げる
「今度はナナリー達も連れてこような」
スザクは自分の中に確かにいる
今もそっと瞳を閉じれば直ぐ隣にスザクの姿が見える
自分と共にスザクは確かにここにいる
いつも側にいる
離れてなんかいない
ずっと一緒だ
「スザク約束守ったからな」
瞳の中でスザクが微笑んだ