Cry for the moon

 

 

あれから自分がどれだけ歩き、どの道を通って来たかはわからない

でも気が付くと俺は此処にいた。

俺が再び目覚めた場所に


つい最近までは大勢の人で賑わっていた場所も、今は人一人いない

「まぁ…あれだけの事があったんだ、当たり前か…」

ルルーシュは自嘲気味に笑うと、近くに横たわっていた鉄柱に腰を降ろした。

辺りに漂う冷たい空気が今の自分には心地よくさえ感じた

ふと、目を落とした先に赤黒い染みを見つけた

まだ新しいそれはきっと先日のモノだろう

「俺がいたからっ…」


自分を目覚めさせるために流された血

大勢の関係のない人々、ブリタニア人・日本人

いったいどれだけの血が魔王の目覚めと引き替えに生け贄として捧げられただろう


「後悔はしないって決めたんだかな…やっぱり…っ」


『お前の存在が間違っていたんだっ!』


あの日のスザクの言葉が頭に蘇る。

スザクに自分の存在を否定され

それでも、自分はナナリーの為に世界を変えようと再び目覚めこの舞台へと戻ってきた。

ナナリーの為に…

ナナリーさえ居てくれれば何を犠牲にしても構わなかった

でも…

「俺はいらない…」

彼女の創ろうとしている世界ではゼロは俺は邪魔にしかならない

「スザクの言う通りだ…」


【俺は存在してはいけない…】


ルルーシュは震えながら唇を噛み締めた。


【目的も覚悟も何もかも失った俺には、死んで消えると言う勇気さえ無くて…】

【奪ったモノだって多いくせに、これ以上何も失いたくなくて…】


ルルーシュの頬を涙が伝う
そして、彼は右手をジャケットのポケットへ突っ込んだ
 
 
***********
 
「多分この辺だったと思うんだけど…」

辺りをキョロキョロと見回しながらロロは走っていた

「兄さぁぁん!」

こっそり尾行していたルルーシュを見失ってしまったのである
心当たりがある場所全てに足を運び彼を探した
しかし、その何処でも彼は見つからず
ここで見つからなければ、もう御手上げだ
こんな事になるなら、あんなに追い詰めなければ良かった

「ルルーシュ兄さぁぁん!」

時折声をあげ名前を呼ぶが反応がない

「はぁ…此処もハズレかぁ…いったい何処に…」
「…リ…」

ロロが諦め他を当たろうと踵を返した時だった
何処からか声がする、それも啜り泣く声が

「兄さん?」

ロロは声がする方へ急いだ


*******


「兄さんっっ!」

あれから程無く目的の人物は見つかった
その人は独り膝を抱え蹲っていた。
ロロは急いでルルーシュの傍へと駆け寄ると震えている肩へと手を置いた

「兄さん、探したよ?」

優しく呼ぶと、此方に気付いたのかルルーシュはゆっくりと顔をあげ
何時間振りかに見る顔は、涙に濡れ目元も腫れていた。
瞳は暗く濁っており、いつもの輝きは無い

「泣いてたの?兄さん」

目線を合わせるように膝を折ると、ロロはポケットからハンカチを取り出し涙を拭ってやる
その間ルルーシュは、ぼーっとロロの顔を見ていた。

「はいっ綺麗になったよ」
「………」

全て拭き終わったロロは優しく兄に笑いかける
しかし反応がない

「兄さん?」
「……」

ずっと自分の顔を見ているだけ

「兄さん?どうしっ!!」

言い終わる前に、身体に衝撃が走る
自分の顔の直ぐ横にルルーシュのそれがある

「兄さん…大丈夫だよ」

抱きついて来た兄の頭を優しく撫でてやる
自分より一回りも大きい筈の身体がとても小さく見えた。


*********


暫く背中を擦っていると、落ち着いたのか肩の震えが治まってきた
一緒に帰ろうとロロが口を開こうとした時だった。

「帰ってきた…」
「え?」

先程から一言も喋ることの無かったルルーシュが何かを呟いた
それと同時にロロを抱き締める手の力が増した気がした。

「兄さん?何が帰ってきたの?」

兄の言葉が理解できず首を傾げる

「…が」
「え?」

聞き返すと今聞きたくない名前が聞こえてきた。

『ナナリーが帰ってきた』

今度はハッキリと聞こえた

「兄さん…」

ゆっくりと兄の方へ顔を向けると、視線が合う

ルルーシュは笑っていた

とても綺麗に微笑んで

「兄さん…ナナリーは…いないよ…」

帰って来てなんかいない、あの女は兄さんを捨てたんだ。
言い聞かせるように話し顔を見ると、ルルーシュは不思議そうに首を傾げている

「何言ってるんだ?ナナリーは此処に居るじゃないか」
「え?此処にって…」

今度はルルーシュがロロの頭を優しく撫でる

「おかえりナナリー」

そして再びロロを抱き締めた
 
今兄は自分の事を誰と呼んだ?

あり得ない

普通じゃない

何かがおかしい


ルルーシュに抱き締められたままロロはどうしたら良いかわからずに視線をさ迷わせた。
するとルルーシュの後ろに何かが転がっているのに気が付いた

「っ!!まさか!!」

こんな治安の悪いエリアに暮らしていれば、一度くらいテレビや新聞・雑誌などで見たことがある

あれは紛れもない

「リフレイン!?」

それも一本や二本じゃないかなりの量だ
慌ててロロは未だに抱き付いたままの兄の肩を掴んで離し顔を見る
不思議そうに首を傾げるルルーシュの瞳は濁っていて

「どうしたんだ?ナナリー」

自分を見ているようで、見ていない

「兄さん!何でリフレインなんかっ!」
「何を怒ってるんだ?ナナリー」
「僕はナナリーなんかじゃっ!!」

ロロは怒りに拳を握り締める
誰への怒りかはわからないただ、悔しくて・悔しくて
ふと、震える拳を温かい何かが包んだ

「何言ってるんだ?ナナリーは僕の大切な家族だろ?」
「兄さん…」
「おかえりナナリー」


******


「スザクさん今度こそ特区日本成功しますよね?」
「うん絶対に」

少女の問いかけにスザクは優しく頷く

「スザクさんがそう仰るなら大丈夫ですね」

嬉しそうに微笑む少女

そんな少女に嘘をついているという罪悪感を感じながらもスザクはナナリーにルルーシュの隠し続けている
本当は逢わせてあげたいけれど

それは出来ない

でも、いつか自分がナイト・オブ・ワンになって本当に日本を取り戻し平和になった世界で二人を再会させてあげることが出来たら
また3人で昔みたいに楽しい日々をおくれたらと
だから今はナナリーにもルルーシュにも本当の事を話すわけにはいかないのだ。

もし今のまだ、不安定で幸せとも言えない世界でルルーシュの記憶が戻ってしまったら、またあの惨劇を繰り返すかもしれないから
その代わりと言うわけではないが、今傍にいれない彼の代わりに自分が彼女ナナリーの笑顔を護っていこうと心に誓った。

ふと、机の上に可愛いピンクのリボンでラッピングされた包みに目がいった。

彼女へのプレゼントだろうか、しかしナナリーへの贈り物は全て危険物じゃないかをスザクが一つ一つ確認している。
その中にアレは無かった。
じゃぁ一体アレは何だろう

「ナナリーそれ何?」

考えていることが同時に口から出てしまった。

「それですか?」

いきなりの事にナナリーは首を傾げる。

「うん、ほら机の上の…」
「あっこれですか?」

スザクの言うものを理解したナナリーは包みを手にとる。

「うん、もしかして誰かからのプレゼント?だったら一応っ」
「コレは違います」
「え?」
「コレは私からのプレゼント何です」

ナナリーの答えにスザクは目を丸くする

「ナナリーから?誰に?」
「はい、私からお兄様にです」

ナナリーが言う兄それはきっと

「ルルーシュに?」
「本当は去年のお兄様のお誕生日に用意したのですが、お兄様行方不明のままで…渡せなかったんです…でも日本に来れる事になって見つかったら渡せるかしらって持ってきたんです」
「……」
「腕時計ならいつでも身に付けてもらえそうでしょ?気に入ってくれるといいんですが…」

いつもの様に微笑むナナリー
でもその笑顔にはスザクでも分かる程の悲しみが隠れていた。

「……」
「スザクさん?」

先程から黙っているスザクに気が付きナナリーが心配そうに名前を呼んできた。

「っあ!ごめん、うんルルーシュきっと喜ぶよ、ナナリーから貰った物なら、もう何でも喜ぶよ!」
「スザクさん、たら」

クスクス笑うナナリーに心の中で何度もゴメンネを繰り返す

「早くルルーシュを、見付けるから待っててね」

彼女の一回りほど小さい手を握り嘘の誓いをする。

ゴメンネ

「はい、お願いします」

スザクの心の内を知らないナナリーはにっこりと微笑んだ
 
「ナナリーもう遅いから今日は」
「そうですね、あまり夜更かししてしまうと明日スザクさんが居眠りしてしまいますわね」
「酷いなぁナナリー僕はこう見えて結構真面目なんだよ?」
「それはすみません」

無邪気に笑うナナリーの車椅子を押し執務室のドアを開けようとした時だった。

【pppi,pppiー】

何処からともなく電子音が聞こえてきた。

「あら?お電話ですか?」
「ごめん、そうみたい」

急いでポケットから携帯を取り出すと、画面には【Lelouch】と表示されていた。
スザクはここで出るべきでは無いと、判断し一度電話を切った。

「よろしいんですか?」
「うん、友達からだったんだけど今はまだ仕事中だから後でまたかけ直すよ」
「そうですか」
「うん」

電話を再びポケットに入れ様とした時また再び

【pppi,pppiー】

携帯が鳴り出した

相手は先程と同じ

【pppi,pppiー】

【pppi,pppiー】

一向に鳴りやまない電子音

「あの…スザクさん?」

【pppi,pppiー】

「ごめん、今電源切るから」

スザクの指が電源のボタンへと向かう

「待ってください!」
「え?」

スザク指が止まる

「私はよろしいですから、出てあげてください!」
「え?でも…」

相手は彼女の兄だ、出れる筈がない

「大事な用事かも知れませんし、お友達は大切にしないと」
「でも、今は」
「じゃぁコレは命令ですよスザクさん」

『ね?』と可愛く首を傾げながら言ってくるナナリー
スザクは迷い携帯と彼女を交互に見る

しかし、笑顔で再び

「命令です」

と、言われてしまう
観念したスザクは

「イエス・マイ・ロード」

と、電話をとった。

「もしもし」
『………』

電話に出たものの、相手から反応が返ってこない
ならば、早く切ってしまおうとスザクは

「あの、僕、今仕事中だから急な用事じゃなかったら…」
『…にました…』
「え?」

相手から返事が返ってきた。
しかし、その声は小さくしかも画面に表示された相手ではない
ルルーシュじゃないのなら名前を出しても平気かと相手の名前を呼ぶ

「ロロか?どうしたんだ、こんな時間にしかも彼の携帯で、確か任務用のが」
『…ました』

ロロはスザクの言葉を無視して暗く先程と同じ言葉を繰り返す
しかし、あまりにも声が小さくスザクは聞き取ることが出来ない。
悪いイタズラかとスザクは眉をひそめ

「おい、いい加減にっ!」
『兄さんが死にました…』
「え?」

ロロの言葉にスザクは固まった。

自分は今聞き間違いをしてしまったのか

ルルーシュが死んだなんてあり得なさすぎる

そうだ、彼の兄はルルーシュじゃない

ロロは任務で弟役をやっているだけ

彼の言う兄はルルーシュじゃない

ならば一体誰が死んだと言うのだろう

スザクはもう一度、聞き直そうと口を開こうとした
しかし先に相手がもう一度口を開いた

『ルルーシュが死にました』

今度は聞き間違いでは済まされない
今ロロはハッキリとルルーシュと言った。

彼が死んだ…

嘘だ

何で

身体が震えだす


「スザクさん?」

スザクの横でずっと黙っていたナナリーは彼の異変に気が付き、そっとスザクの手を握る
しかし、彼の耳に彼女の声は届かない
頭の中でロロの言葉がループする。

【ルルーシュが死んだ】

【ルルーシュが死んだ】

何故?

確かに自分は一年前彼の存在を否定した。
でも今もう一度やり直そうと、今度こそ正しいやり方で世界を変えて皆で笑えたらと願っていたのに

「ルルーシュが死んだ…」

気が付くとスザクはナナリーがいるにも関わらず彼の名前を呼んでいた。